見下す蠍の徒然

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見下す蠍の徒然

IF YOU WANT TO FIGHT, BE STRONG!!

裁判は「真実」を確定する場ではない。

雑感

next49.hatenadiary.jp

 

この記事を見て、

blog.goo.ne.jp

を読んで思ったのですが、

裁判に勝った=訴えていた事実が真実である

という誤解が世の中には蔓延しているのだな、と思いました。

元記事の中では、対象があくまで科学的事実に限定されていますが、その限定はふさわしくなく、あらゆる事実についても同じことがいえます。

 

・そもそもの裁判の構造(民事)

民事裁判で勝訴する必要条件は、原告(訴える側)にとっては自らの主張する請求原因事実の存在を証明し、裁判官にその存在を確信させることであり、被告(訴えられる側)にとっては、原告の主張する事実の存在を揺るがせ、裁判官にそのような確信を抱かせないことです。

請求原因事実とはなにか、を解説するためには少しテクニカルな議論に立ち入る必要がありますが、簡潔に説明する努力をします。交通事故に起因する損害賠償を例に取りますと、ここで原告が求めるのは不法行為に基づく損害賠償請求権です(民法第709条)。それを求めるための要件(色々議論があるのですが、ここではその要件に該当する事実を「要件事実」とします。)は、大雑把に言えば人が故意または過失に基づき他人に損害を与えることです(これが不法行為に基づく損害賠償請求権の「要件事実」。わかりやすくするためにだいぶ要件を端折っています。)。

ここまでは法律・判例などで決まっていることでして、どの事件でも同様に当てはまることです。

ここまでを前提とした上で、原告に求められるのは、各要件に当てはまる事実を証明することです(損害を例に取ると、骨折して治療費が必要になった、の必要になったの部分が損害。)。要求されている全ての事実の証明に成功すれば原告の勝ち、それが失敗すれば被告の勝ち。これが民事裁判の構造です。

 

・真実は裁判で明らかになるのか

先に逃げ道を確保しますと、だいたい裁判制度には証拠を開示「させる」手続が用意されていますし、相手方も勝つために資料を証拠として出してくるでしょうから、裁判をせずに交渉で解決しようとするよりは、真実は解明されると考えられます。ただし、その限りです。

裁判というのは、あくまでも事実の存否を「証明」できるかの勝負です。証明の成功については、その事実の存否(真実かどうか)が一番重要なファクターであることは言うまでもありません。しかし、それについての証拠が存在するか、その事実についてうまく裁判官に説明できるか、などの真実かどうかとは違うファクターも証明の成功にも関わってきます。この時点で、裁判での勝利=真実なんだ!という図式は崩れたことが理解できるかと思います。

また、証明された、と認めるのに必要なのは、「合理的疑いを挟まれない程度の確信」です。100%の確信ではありません。ここからも、図式の崩壊が理解されるんではないかな、と思います。

 

かなりわかりにくい文章になってしまいましたが、裁判の構造上ここでの=は絶対に成り立たないのです。マジでここを理解してほしいなあ、と思いつつこの文章書きました。

 

しかもこの裁判の場合1審では負けてますしね。このように判断が別れることからも、裁判で認められたから真実、とは決してならないことは明白ですよねえ。。。