見下す蠍の徒然

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見下す蠍の徒然

IF YOU WANT TO FIGHT, BE STRONG!!

忘れない権利がほしい

法律的雑感

this.kiji.is

 

よく言われるように、この裁判で認められた権利を「忘れられる権利」のであれば、それは間違いなく忘れない権利の侵害、もっと直截的に言うと思想良心の自由の侵害になりかねません。

でもこのまま行くと、忘れられる権利という言葉が独り歩きして、忘れることを強要される気がします。しかし、一度覚えたものはどうされても忘れることはできないわけです。

そうなったとき容易に想定されるのは、覚えていることを口に出せなくなることです。口に出すこと=覚えていること=忘れていないことですから。

もうここまでくると言論弾圧一歩手前です。

 

おわかりかと思いますけど、この議論、明らかにおかしいです。なにがおかしいのか。

前提がおかしい。「忘れられる権利」というテーマ設定がおかしい。

ではどう言うべきなのでしょうか。

単純で、「蒸し返されない権利」です。

検索によって過去の犯罪が出てくることによって、前科前歴が発見され、それが取り沙汰されることを防ぎたいわけですから、そうされない権利はまさに「蒸し返されない権利」です。

なぜ「忘れられる権利」という能動的な表現になってしまうかといえば、検索エンジンから結果を除去するという能動的行為を請求しているからでしょうね。しかし、実態としては受動的なものですから、このようになるわけです。

 

もっとも、検索されなかったところで、例えば当時の新聞記事を読み返せば思い出すことは容易です。

それを発見した人が発表する権利はどうなのか、ということについては既に最高裁判例がでております。

ノンフィクション「逆転」事件 - Wikipedia

面倒なので重要部分をWikiから引用しますが、

ある人物に前科等にかかわる事実があったとしても、「みだりに……事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有するものというべき」

ということなんで、差止めが可能になると思います(この最高裁判決は不法行為に基づく損害賠償請求に対するものですが)。

 

いずれにせよ犯罪歴もある程度は封じ込めることができそうでメデタシメデタシということになりそうです。

 

まだ地裁段階ですので、忘れられる権利もとい蒸し返されない権利に反対する人たちが反論する機会はまだまだありそうです。

どっちかというと僕もそっちの立場ですが

蒸し返されない権利と知る権利の対立という形で顕在化しそうな問題ですね。