見下す蠍の徒然

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見下す蠍の徒然

IF YOU WANT TO FIGHT, BE STRONG!!

烏丸千歳はクズである(現場の混乱か、設定か)

ガーリッシュナンバーの主人公、烏丸千歳はクズである。これは紛れもない歴史的事実として語り継いでいかなければならない。そして、クズであるところにこの作品の魅力を感じていた私としては、烏丸千歳が一方的に沈み込み、クズ的言動を封印し始めた後半以降、いわゆる”失速”をしたように見えた。

いやはや、最終話で仕事を飛ばし、あまつさえそれを雪のせいにできるとしてサボろうとするところは間違いなくクズである。しかし、そのようないわば消極的クズはオタクならよくあることであり、共感することはあるかもしれないが、烏丸千歳に求めていたクズっぷりはそういうことではなかったのである。悟浄くんに対して「マーチ」と蔑み、行きたくもない実家帰りをする万葉様に対して平然と土産を要求する、そのクズっぷりに作品の魅力を感じていたのである。そうすると、後半のダウナークズは少し違うといわざるをえないのである。

思えば烏丸ちとせもアニメではクズであった。ゲームの方ではクズは1人としていないので、当然クズではないのだが、アニメでは何も考えてないミルフィーユと何を考えているのかわからないヴァニラ以外は全員クズなので、当然烏丸ちとせもクズなのである。ところで、このネーミングをしておいて渡航ギャラクシーエンジェルを意識していないはずはあるまいから、アニメ版を見て決め手に違いないのである。

 

閑話休題

ところで、そんなクズであり、努力などしたくない烏丸千歳の怠惰なクズっぷり(しかしそれはポジティブに作用する)が魅力であるこのアニメだが、烏丸千歳画素のことに気付かされる事件が存在する。桜ヶ丘七海の登場である。彼女の才能と、事務所側の彼女への傾倒、および自分の居場所であるはずの「クースレ」の現場にまで七海が入り込んできたことにより、烏丸千歳は一方的に追い込まれていくのである。真人間であればそれを好機と奮起するのであろうが(私はしない)。クズである烏丸千歳は落ち込み、現場の雰囲気を悪くし、あまつさえ最終回のアフレコをサボろうとする。クズである。さらに自分と同格(あるいは、というかおそらく下)と思っていた久我山八重や片倉京もク-スレを踏み台に、続々と役を取っていく。アニメでも描写されていたし、後述する小説版でも描写されているとおり、八重は努力家である。京にしても、声優としては悟浄くんと同期で、おそらくアラサーであろうベテランである。ちなみに奨学金の返済が大変らしい。となれば、何も努力していない烏丸千歳との差が開くのは当然である。というか、そもそも彼女たちの方がもともと上なのだが、それに気づかないのが烏丸千歳という人間である。クースレのような糞アニメではメインかそうでないかなどと言った差はなく、如何に名前を売るかの問題でしかないから’、イベントでも誠実に対応し、名前を売ろうとした二人と、悪名しか売れず、「烏丸君!声優やめて政治家目指そう!」とまでいわれてしまった烏丸千歳では差がついて当然なのである。

ところで、烏丸千歳がこのように周りと言うか二人との差を感じ、挫折するシーンは以前にもある。小説2巻で、三人は同じ作品のオーディションを受けることになる。「ソリューション✕レボリューション」、略して「りゅーりゅー」という作品なのだが、このオーディションのテープ撮りで烏丸千歳は八重との実力差に落ち込み、悩むのである。普通の人間であればこの時点で改心し、その後は努力するのである。しかし、運命のいたずら、オーディションに受かったのは烏丸千歳で、八重は落ちてしまう。これには烏丸千歳も色々感じるところがあったようで、色々考えて入るようだが、その3ヶ月ほど後のアニメの時点では、あの有様である。サブタイトルの「現場の混乱か、設定か」というのは、この変化を、小説版のエピソードがアニメの脚本に反映されていない、あるいは描写不足なのか、それともそういう設定なのか、という話だが、おそらく設定であろう。烏丸千歳という人間はこういうクズなのである。おそらく、アニメ後のストーリーがあるとしたら、全く反省しないない烏丸千歳が見られるはずである。末は失業。

 

hetyo525.hateblo.jp

この記事を書こうと思ったのはこれを読んだからです。ありがとうございます。

ボクがガーリッシュナンバーの烏丸千歳に求めていたもの、それは彼女の声優としての成長や成功ではない。どうしようもなく怠惰で努力せず、当然のように劣等感を抱いて生活している我儘な千歳(私)でも、目標とする人・好きな人にありのままを肯定されることで満たされる幼児的願望、それこそが最大のカタルシスではないかと思われる。 

 そのとおりだと思います。ただ一つあるとすれば、烏丸千歳は肯定されれば誰からでも良いのではないでしょうか。だからこそ声優としう職業を選び、不特定多数からちやほやされることを望んでいるのではないでしょうか。さらに、肯定されればそれでよし、そこからの成長がないというのが烏丸千歳という人間として描写されていると考えます。上記の小説版のエピソードでもそうですし(八重との葛藤は、現場での名付きの役として扱われ、イベントで声援を浴びることで何処かに行ってしまった)、クースレ収録での挫折(演技力のなさに気づく)も、周りに成長を褒められることで何処かに行ってしまったようです。

 

いずれにせよ、2017年も「勝ったな、ガハハ」ができるのか(さらなる展開はあるのか)、烏丸千歳から目が話せないのは確かである。