見下す蠍の徒然

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見下す蠍の徒然

IF YOU WANT TO FIGHT, BE STRONG!!

ガーリッシュナンバーはなぜ失敗したのか(あるいは彼女たちの墓碑銘)

 以前、以下の記事を書いた。今から読み返すと、言いたいことがやや混濁しているきらいがあるが、言いたかったことは単純で、放映開始当初に見せてくれて、そして我々の期待していた烏丸千歳と、アニメ終盤で映された烏丸千歳の姿に齟齬があった、ということである。

look-down-scorpion.hatenablog.com

 

私にとってこの齟齬は、作品の魅力を大きく損なうものであり、これこそが失敗の原因だと思うのだが、それだけでは何の説明にもならないので、幾つかのファクターを挙げて論じたいと思う。

まあ、どうせこの記事なぞ大して読まれないと思うが、インターネットの過疎地に置かれた墓碑銘として、混乱のうちに読んでいただければ幸いである。

 

1.そもそも何が面白かったのか

私は、当初このアニメをギャグアニメとして捉えていたし、おそらくこの見立ては間違っていないと思う。例えば、「勝ったなガハハ」という決め台詞に代表される烏丸千歳のお気楽さや、徹底して三枚目として書かれていた九頭というDの存在(名付けも然り)からも、この見立ては大体合っているといえるのではないか。

おそらく、クースレが終わるあたりまで、具体的には烏丸千歳らがコミケに参加するまでは、ギャグアニメとしての体裁を保っていたといえる。ただ、ここで指摘しておかなければならないのは、そこまでの展開にも後々への伏線は当然貼られていたことである。

 

www.tbs.co.jp

このコンテンツなんて特に特有の面白さを醸し出していて、良かった。頑張れ悟浄くん

 

間違いなく、ここまでの烏丸千歳は無敵だった。根拠もなく無敵だった。それまでほぼモブ、エンディングに名前がのるヒロインに声を当てるのもせいぜいりゅーりゅーの一回、と言った程度の雑魚声優が(クソラノベとは言え)いきなりヒロインに抜擢、桃花ちゃんと万葉様のおかげとはいえ1万枚のCD出荷、演技力のなさを指摘されるものの少し努力しただけで改善に成功、褒められる。まさにこの世の春、謳歌するしかない。スター状態であった。糞アニメなのは自分のせいではない、売れないのは自分のせいではない……無敵であった。

 

まとめれば、そのような根拠のない無敵さに基づくクズっぷり、これが烏丸千歳の魅力であり、そこから飛び出す数々のドタバタっぷりがこのアニメの魅力であったのだと思う。

 

2.転回

しかし、その面白さは夏コミでのお渡し会における酷評、それを受けての烏丸千歳のメンタルの墜落で終了してしまう。いやはや、そのような無敵っぷりに根拠がない以上、どこかで墜落するのは宿命である。なので、墜落したことは問題ではない。「烏丸くん、声優辞めて政治家目指そう!」と言ったコメントは小ネタながらも大変面白かった。

 

ここで駄目になった一つの原因は、烏丸千歳の墜落に合わせて、万葉様と桃花ちゃんのシリアスパートもぶっこんでしまったことだ。例えば、烏丸千歳の墜落を笑いものに出来れば、ギャグアニメとしては新たなる一歩を踏み出せたとは思うが、なぜか周りも巻き込んで落ちていく描写を入れることで、ギャグなのかシリアスなのか、どちらを描写したいのかがわからなくなってしまった。

 

そう、その中途半端さこそが失敗の象徴である。シリアスならシリアスを書けばそれはそれで着地できたのだが、松岡修造みたいなマネージャーを入れてなぜかギャグシーンを入れてしまう。そのちぐはぐさにより、焦点が合わなくなってしまった。

 

3.もう一つ

問題があって、尺の問題である。単刀直入にいえば、なぜ万葉様だけ尺を1話ないし2話とったのか?となる。一応ヒロインは5人いるはずであって、メインヒロインの烏丸千歳に尺を多くとるのは当然であるが、残り4人の中でなぜ1人だけ尺を多く取って取り上げるのか?という話である。例えば2クールあって、その中で全員分のエピソードを描写する、そういうことであればよいのだが、1人だけ描写することで中途半端に尺が使われてしまった。

 

 正直言って、烏丸千歳の物語だけでも尺が明らかに足りていなかったのである。その中で無駄があれば、明らかに描写不足になってしまうのは火を見るより明らか。もうすこしなんとかならなかったのか。

 

4.まとめ

強引にまとめにかかれば、このアニメの失敗の原因はあらゆるところにある中途半端さが原因なのである。別にシリアスを拒否しているわけではないのだが、やるならやるできちんとやってほしい、そういうこと。