見下す蠍の徒然

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見下す蠍の徒然

IF YOU WANT TO FIGHT, BE STRONG!!

「虐殺器官」映画見てきました

映画

今日休みだったので見てきました。新宿のTOHOシネマズです。チケットを取るのを忘れていて、16時20分からの回だったのにもかかわらず13時過ぎにチケットを買ったのですが、前の方の席しか取れず……平日だったのに満席で、結構人気があるんだな、と思いました。まあスクリーンが少ないだけかもしれませんが……

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入り口でこのようなものをもらいました。一枚目はしおりでして、二枚目には櫻井孝宏氏の朗読による原作音声なるもののダウンロードアドレスが記載されております。あそうそう、この記事は原作読了済みの方を対象としておりますので、あしからず。ちなみに右から1,3枚目に写っているのがジョン・ポール、他はすべてクラヴィスです。

全体的な感想としては、ノイタミナアニメだけあって人の顔などには少々違和感を覚えるところがあるというか、少し手抜き気味なところもあったかと思いますが、作画も良好。BGMも要所要所でマッチしたものが使われていて、雰囲気を盛り上げるのに役に立っていたかと思います。ストーリーについては、原作からの変更点は後述するとおりですが、原作から感じた印象を損ねるものではなく、概ね理解可能だったかと。ただ、終演後の周りの反応を聞いていると、原作未読っぽい方が、よくわからかった旨の感想を言っていたのがちらほら聞こえてきました。原作を読んでいたのでそのような感想は持ちませんでしたが、未読者には少々不親切だったのかもしれません。読んでから観に行かれることをおすすめします。

注目は戦闘シーンですが、躊躇なく人が死にますwというか、頭が次から次へと吹っ飛びます。あまりにも次から次へと吹っ飛ぶせいで、一つ一つの死体にピントが合うことなく、グロさは感じませんが、インドで少年兵を次から次へと殺すシーンでは流石にな、と思いました。ただ、そのおかげで、クラヴィスの残虐性→カウンセリングの効果は原作を読んだときより感じやすくなっており、映像の効果といえるかもしれません。

また、最初のグルジアで月光が流れるシーンがありますが、映画では実際に流れるので、そこは映像の強みかな、と思いました。

 

以下、映画での大きな変更点です。

 

・アレックスは自殺ではなく、クラヴィスに射殺される。

原作でアレックス(当初に任務で運転主役をしていた、グルジア語を話せる同僚)は、任務終了後アメリカに帰還した後に自殺しました。しかし、映画版ではグルジアでの任務中に精神が異常な状態になり、クラヴィスに射殺されます。その理由として、彼1人だけグルジア語を理解することが出来たため、ジョン・ポールが流した虐殺の言語の影響を受けたため、精神に異常をきたした、という説明がされていました。これについては、虐殺の言語の効用を映像でわかりやすくする、という意味で、細かい説明が難しい映画においては意味のある改変だったと思います。

 

・クラヴィスの母親の話は一切出てこない

一切出てきません。おそらくここまで描写していたら尺が足りない、という判断だと思います。確かに母親の話は重要なファクターですが、不可欠なファクターではなかったと思うので、仕方はなかったかな?と思います。

ただ、全体として主人公の内心が描写される場面が少なく、感情移入を排した作りになっていたのは少し気になりました。最後、主人公が虐殺の言語をアメリカにも広げるのは、任務の中での違和感が拡大→ルツィアの死という段階があったと思いますが、違和感が少しわかりにくかったかな、と思います。

 

・インドでの作戦終了後、襲撃されるのはヘリコプター

原作では輸送中の列車が襲撃されたかと思いますが、ヘリコプターが襲撃されておりました。大きな問題ではないと思います。

 

・ジョン・ポールはクラヴィスが殺す

原作では、ジョン・ポールとともに逃亡していたところを他の兵士が殺す、ということになっていたかと思いますが、映画では様々な会話をし、今後の行動の指針について話した後に主人公が殺す、ということになっています。ここで原作通りにすると、さらに説明が不足してしまいますし、仕方がないことかと思いますが、ウィリアムスを殺した意味は……?よくわかりませんでしたが、ウィリアムスを殺した手榴弾は主人公が投げたんだろうか?もしかしたらそこも違うのかもしれません(原作では主人公が投げた)

 

・アメリカでの暴動の話はされていない

されてないです。必要な話だと思うんですが……ジョン・ポールはアメリカを暴力の標的でなくするために虐殺を繰り返していたわけで、その対比としてアメリカに虐殺の言語をばらまくのであれば、その結果もある程度描写すべきかと思いました。まあ、想像にお任せ、ということなんでしょうか。

 

上のような改変はありましたが、映画というメディアに載せる以上必然的なものだったと思えますし、面白さを損なうものではなかったです。

映像化されてよかった部分、主にSF部分ですが、そこの出来(ボットや飛行機、人工筋肉の動き)はとてもよかった。いやはやそこですね。このお話には、SFでもサイエンス・フィクションの中でも、社会科学の部分と自然科学の部分、両方のフィクションがありましたが、自然科学の部分ではどうしても想像するしかできなかったので、そこに映像がついたこと、それもかなり丁寧に作り込まれていたことをもって、この映画を傑作と断定しても問題はないと思えます。

 

原作未読なのであれば、何度もリピートするより原作を読んでから言ったほうがいいと思いますがね。