見下す蠍の徒然

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テレ朝版「シン・ゴジラ」を見て(内閣総辞職ビーム)

昨日9時からシンゴジラの地上波初放映ということで、映画館で5回以上見てるし、ブルーレイも買って何回も見てるのにもかかわらずついつい見てしまった。こういうときにどういう態度で見るべきか、よくわからないけどもせっかくなので5ちゃんねるで実況をしながら見てみた。感動の共有ではないけども、初見だったり劇場で1回見たっきりって人はどういうところに疑問や違和感を抱くのかわかって面白かった。

 

標題の「内閣総辞職ビーム」ですが、名前は聞いていても何なのかよく知らんし、って人が多かったらしく、正真正銘総辞職ビームだってわかって合点した人も多かったそう。

togetter.com

なるほど。

ところで、内閣総辞職ビームが内閣総辞職ビームたりうる条件としては、大河内総理以外の10名の閣僚が死ぬ必要は一切なく、大河内総理のみが亡くなればそれはそれで内閣総辞職ビームです。根拠は日本国憲法第70条

 第70条 内閣総理大臣が欠けたとき、又は衆議院議員総選挙の後に初めて国会の召集があつたときは、内閣は、総辞職をしなければならない。

 ですね。ところで、奇跡的に大河内総理のみが生き残ったときは内閣総辞職ビームにはならないのでしょうか。これはノーで、国務大臣が何人以下になったときは内閣総辞職するとの規定は憲法ないし内閣法にはありません。このことからは逆説的に、内閣総辞職ビームというのは大河内総理を殺したからこそ内閣総辞職ビーム足りうることがわかるわけです。

 

ところで、作中では「予め指定する国務大臣」(内閣法9条)として指定されていた国務大臣が全員亡くなったという描写がありました(なお、内閣法9条の適用例としては小渕恵三元総理が亡くなられたときの青木官房長官)。そのような場合に備えた法令は確認できる限りないですし、ほとんど想定されていないようです。なお、内閣総理大臣臨時代理については、30日超の例があるので、今回期間については問題にならないと思われます。

がしかし、問題としては里見農水相内閣総理大臣臨時代理とする根拠です。内閣法9条で予め定めておくことを求める趣旨としては、短期間であっても内閣総理大臣と同等の権限を持つことになる者の決定について、民主的統制を働かせることにあると考えられます。すなわち、本来の内閣総理大臣は国民の選出した国会議員によって選出されることにより、国民が決めたとの体裁を整えているわけです。そこを更に延長し、国民に選ばれた国会議員に選ばれた内閣総理大臣に選ばれた人が内閣総理大臣臨時代理になるというプロセスで、民主的正当性を担保しているというわけです。そこについて、手当がなされていないと問題になりうるわけです。もっとも前例がないわけではなく、上記の小渕元総理の場合、病床で意思確認がなされていたというウルトラCによって青木官房長官内閣総理大臣臨時代理になったとの経緯があります。しかしシンゴジラの場合、そのようなウルトラCもあり得る状況ではないので(事態の緊迫性に鑑みた大河内総理が、例えば赤坂に被指定者全員がなくなった場合のケースを指示していたなどとのことがない限り)、あくまでも緊急のケースということでしか正当化ができません。

したがってあの時点で本来すべきだったのは、国会を招集し、内閣総理大臣を指名するという方法しかなかったはずです(11月の出来事なので、おそらく閉会期間中)。それができるかという問題がありますが、まず国会が開催された場合は、定数規定などもないのでおそらく問題はないはずです(内閣法第64条の「通知」を行う「内閣」が存続しているかという問題はありますが、国務大臣が残っている以上問題ないはずです。法律がない場合慣例によることになると思われますが、大半が一斉に死亡したなどとの前例もないでしょうし、問題ないはず。)。

問題は召集できるかなんですが、これも憲法・国会法いずれにおいても主体は内閣総理大臣ではなく「内閣」になっているので大丈夫ではないかと思います。1人以上残っているという論理ははさみますが。これで仮に全滅していた場合、冗談抜きに召集する主体がない(正確には召集を天皇に助言・承認する主体)ことになり、おそろしいことになります。

 

以上を鑑みると、ゴジラがタバ作戦を突破してきた時点で、大河内総理としては全国務大臣を指定しておくくらいのことをやっておくべきだったということになりますね。指定方法に明確な定めはないので、命令書か何かを作っておけば(それを後で確認できる状態にすれば)良かったものと考えられます。